神様

ちょっと思うことがあったので。

体外受精なんとか・・というと露骨に嫌な顔をされることがある。
そんなことしていいのぉ~?って聞かれても、いったい誰に許可をもらうねん。。。
いわゆる「神の領域」を侵すことになる。と言われたこともある。

私はキリスト教徒でないので詳しくないし、何とも適当なこと言ってるんだろうけれど
神様はそんなにケチじゃないと思っている。
子供を欲しがる。治療をする。神様はそんなこと全てお見通しだと思う。
神様が許せないことってすごく少ないんじゃないかな。
神様ってそんなに小さい器じゃないと思うんだけれど。。
私の神様のイメージってそんな感じだ。

だから「生まれるはずのなかったものをこの世に送り出す」という考え方も
わからない。
生まれるはずがなかったもの。とはどんなものなのか。
生まれるはずがないものが生まれてくると思っているのか。
人間にそんなことができると うぬぼれているのか。
生死は神のみぞできるというならば、そんな考え方矛盾しているでしょう?

助からないものを助けようとする、授からないけれど授かろうとする
生きられないものを延命しようとする、それは そんな勝手に溢れ出す思いも
自然な感情じゃないのだろうか。
もう本当にダメだと本人が思った時、その時に静かに見送ればいい。
助かりたい、生きていて欲しい、授かりたい、そんな気持ちからすることさえ
自然のことでないと反論されれば いったい何を自然とすればいいんでしょうね。

時代が違うのよ。
私はこの時代で生きて、この時代の条件の中で考えて行動していかなければいけない。
それは10年前だと考えられなかったことだったり、
10年後だったらあたりまえのことだったりするのでしょう。

人 それぞれに考え方がある。治療だってどこで線を引くかは本人次第。
だけれど 「子作り」に関しては真っ向から否定してくる人がいる。
「自然」を振りかざして「授かり物」を真として。
他の事は安易に否定に入らない人でも、、だ。不妊治療は否定しやすいのか。
自然で授かり物は正論だけれど、正論だけじゃどうしようもないことだってあるでしょう?

最後に この言葉で私は救われたので fufunet様へのトラックバック
>でも、私はそこまでの努力やがんばりを「すごい」と思う。
>あんな治療を我慢してできることが、すでにまだ見ぬものへの愛情だとも思う。
>そういう機会が増えてきて、救われる人はたくさんいる。

「執着するからできない」それが真実ならば 私は後1山も2山も越えていかなければ
わからないのでしょう。

私の治療は まだ見ぬものへの愛情に溢れていると私は思っているよ。
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by yurinekko | 2005-05-17 22:37 | 不妊


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