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生理

生理。
周期35日目。

前回は周期16日目とかだし。
術後 カラダが調子を崩していることに
少しイライラしている。

生理痛はあいかわらず。
少しマシになったかな?と言える程度の改善。
くっ。
くじけそう・・。

明日から7月。
数えてみれば、治療を休んで10ヶ月めにもなる。
8月か9月には治療を再開しようか。
でも、秋は立て続けに失敗してるから嫌だな。
そんなことばっかりいって
私はどんどん年をとる。

今日 一つ年下の会社の子が退職していった。
今年の初めに結婚した子。
彼女は最後の挨拶にきて
「私 もう 疲れました~」と言って笑った。

私も思った。
私も もう、疲れた~。って。
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by yurinekko | 2006-06-29 20:45 | 不妊

「私の出会った子どもたち」灰谷健次郎

「ある光」のライラさんが紹介してくれた
あまりにも心を打った一冊。
この先 この本は何度も読み返すかもしれない。

タイトル通り灰谷さんが出会った子供たちを通して
灰谷さんが自己を飾りなく見つめていく記録。
大人として、ついついしてしまいがちなことを
甘えず真摯に受け止めていく姿。

この本の中に「ドクサ」という言葉が出てくる。
「ドクサ」というのは、まやかしであり世間体でもあり・・・
うまく説明できないので、灰谷さんの言葉をそのまま借りたい。

・・・・・・・・・・・・・・・・
「例えば美について言えば、本当にそれが美しいかどうかも吟味しないで、
世間で美しいとしているからそれを美しいと考えているとか、
あるいは何となく自分にそれが美しいように思われるからそれを美しいとしているのでは
美しいと「知った」ことにはならない。
それではまだ知識を欠き、ドクサに支配されているのです」
・・・・・・・・・・・・・・・・・

灰谷さんのこの本には 自分が何を求めているのか。がテーマでもある。
自分が本当に何を求めているかをわからずに、このドクサに支配されて
必死で手に入れたものは、それはやはり真の物ではないので
決して満足できないだろう。という文がありました。

世間で「旦那がいて子供がいて」が幸せだと言われている。
それにガンジガラメになっている自分を思いました。
もちろん、それが本当に私が求めているものである可能性もあるけれど。
それがドクサであることをしっかり疑ったことがあったかな。と

日々は忙しいし、情報は多量に入ってくるし、
何だかどんどん鈍くなってきていることを感じるこの頃。
私は本当は何を得ることが「幸せ」だと思っているのだろう。
その手段にこだわりすぎていないかな。
そんなことを思いました。

私は基本的に「何で子供が欲しいの?」という言葉は
ナンセンスだと思っています。
そんなことわかるわけないでしょ!と逆切れしそうになります。
ただ、そこにのみ「幸せ」を置くのはどうかと考えるようになりました。

子供というのは、もし産めなくても
「諦める」ということとは 違うのだということを感じました。

忘れられない言葉となりました。
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by yurinekko | 2006-06-17 22:07 | 不妊

養子縁組

慌しさから気持ちの整理がつかない。

忘れたくないことだけメモ。

先日 友人からミニコミ詩が届いた。
その一つが「養子縁組」を扱ったものだった。

アメリカ人の夫婦が日本人の赤ちゃんを養子縁組する話。

引用させてもらおう。

-実子の有無には関係なく「家庭に恵まれない赤ちゃんに、家庭の愛を分け与えたいから」
という彼らの理由は、日本人の場合の「私たち夫婦の間に子供が欲しいから」という理由とは
大きく違うと感じさせられる-

ガツンときました。
ショックでした。

それは まぁ どっちが正しい・・とかいうことではなくてね。

一つ付け加えておきたいのは
「実子の有無に関わらず」という点。

私は 明らかに後者のタイプ(日本人)なんだけれど
前者になるには1人育ててみてからでないと、そういう気持ちにはなれないかな。
そして実子がいないのに、前者の理由で「養子縁組」を考える、行動に移せるとこに
ガツンときた感じです。
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by yurinekko | 2006-06-14 22:42 | 不妊